輪の中に入らない。居心地の良い場所を自分でつくる。

 大勢の中に一人だけで過ごす。

 思えば、そんな経験はなかったかもしれない。

 いや、たくさんあった。

 「一人ぼっちは嫌だな、誰か一緒にいてくれる人いないかな」

 こんな気持ちを抱えながら、結局一人っきりだったという経験は数えきれないくらいある。

 だけど、「一人きりでいいや」という思いで大勢の中で過ごしたことは初めてだったかもしれない。

 心の中が違うと「大勢の中で一人りぼっち」という同じ状況なのに、居心地は全然違った。

 「一人ぼっちでいよう」と決めていると、心の中がなんと平安なことか。

 むしろすがすがしい。

 なんて声をかけようか悩まなくていい。

 話が詰まったら、次はなんの話題を振ろうか考えなくていい。

 本音を隠して建前の言葉を言わなくてもいい。

 あ~~~、楽だ!

 一人ということは、気を遣う相手がいないということ。

 あ~~~、楽だ!

 具体的に、どんな状況だったかというと、舞台は「親子遠足」。

 子ども達が公園で自由に遊びまわっている間、お母さん方がグループになって話している姿がちらほらあった。

 今までの私は、そのグループがうらやましかった。

 この手持無沙汰な時間をともに過ごす相手がいる人がうらやましかった。

 しかし、ふと気が付いたのです。

 「そもそも話したい話題はないな」ということに。

 もともとパーソナルな話をするような仲になった人がいないので、話す内容は、お互いの共通点である「子どものこと」に限られてくる。

 経験上、大体は「相手の子どもを褒める」というのが王道なのである。

 これが苦手なんです。

 もちろん、子どもを観察していれば褒めどころってあります。

 「運動神経よさそうですね」とか「もう○○ができるんですね」とか。

 褒めるのが嫌なのではなく、褒めねば話題が続かないという状況が苦手なんです。

 でも話題のなさから、話していると絶対言っちゃう自分がいます。

 本当はもっと面白い話がしたいのに、ついつい「褒める」に逃げてしまう自分が嫌なんです。

 だから、今回一人ぼっちになって何より楽だったのは、そんな自分を見ずに済んだことなんだと思います。 

 当たり障りのない人間関係は、浅い話しかできない。

 それがつまらないんです。

 私にとってはその人間関係は不要だと思ったので、大勢の中でなじむことを辞めました。

 楽な気分を味わえたので、もっと自分を出していこうって思いました。

 自分をアピールしようっていうんじゃなく、自分の居心地の良い場所を自分でつくろう、と。

 それが一人ぼっちならそれで良し。

 相手の顔色見る時間がもったいない。

 私は私の顔色を見て決めたい。

 今、私はどんな顔でそこに居るのか。

 微笑んでいられる空間に行こう!

 

 

 

 

 

 

  

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